『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』読後独り言

「ただめし」を食べさせても黒字?

タイトルを見て、思わず手にしました。

 

『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』

 「未来食堂」店主 小林せかい 著 太田出版

 

タダで食べさせても黒字で店が回るなんて、いわゆる子供食堂のような、善意のボランティアで成り立っている食堂なのか?粗利は?人件費は・・・??

財務の世界で曲がりなりにも食べさせて頂いているワタクシとしては、タイトルを見た瞬間から気になる点が山とありました。

しかし、その内容は私の予想とは大きく違っていました。

 


この「ただめし」を食べさせる『未来食堂』は、「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」という理念のもとに、著者である店主が東京神保町に開いた食堂です。

カウンター12席だけの店舗で、一日1メニュー、ただしメニューは毎日変わります。

さらに、お客さんが希望すれば、店にある食材限定でもう一品リクエストできる「あつらえ」というシステムがあります。

 

この他にも、面白いシステムがあります。

それは「まかない」です。

一度来店したことがある人は、希望すればお店を手伝うことができます。1コマ50分、お客さん(=まかないさん)は、開店から閉店までの7枠から希望時間を選ぶことができます。そして50分働けば、その食堂で1食が食べられる券がもらえるという仕組みです。この仕組みには続きがあって、「まかない」で一食券を得たまかないさんは、その券を自分では使わず、店の入り口に貼って帰ることができます。そしてその券は、もし貼ってあれば、はがして誰でも使うことができるのです。1食タダで食べることができる・・・これがタイトルになっている「ただめし」のシステムです。つまり「ただめし」は、まかないさんが自らの労働の対価を第三者に寄附することによって成立している仕組みであり、お店の持ち出しではないことがわかります。

 

この「あつらえ」「まかない」「ただめし」は、一見机上の空論のような、曖昧なシステムのようでありながら、どれも、経営採算性がしっかり計算され、かつ客の心理を理論的につかむサービスに作り上げられている点は非常に興味深く、果たして今後、このシステムが飲食店の一つのモデルとして広まるのか、とても気になるところです。

 

ビジネスを戦に例えるとすると、大軍に小軍が勝負をかける場合、接近戦になればなるほど、小軍のメリットが発揮されます。大軍は潤沢な資力を以って大砲を備えているでしょう。小軍がこれに立ち向かうためには、大砲が届く範囲のもっと手前、その相手の懐に入り込み、大軍が不得手とする小回りを利かせて、小刀で突き刺す…小が大を制することができる可能性は、そこにあります。

一日1メニューだけ、12席のカウンターのみ、お客のリクエストに応えた一品を提供してちょっとした特別感を与える、「まかない」システムで従業員でもお客様でもない”第三の立ち位置”を提供する、など…『未来食堂』はとても斬新なアイデアに溢れる店ですが、店主の狙いは、まさにこの戦略に則ったものと言えます。特に、お客様に他(他店・他人)とは違うという特別感、あるいは優越感を与えることは、他店との差別化に大きく貢献するポイントとなっているはずです。

 

著者はこの食堂の開店を思い立った時、”一枚の絵となって脳裏に浮かんだ”と言います。まずはっきりした”絵”をイメージし、戦略に落とし込んでいく「トップダウン型アプローチ」の方法です。「自分の心に焼き付くような1枚の映像が…会社を辞めた時や修行で辛い時も”絶対に未来食堂を作るんだ”と、気持ちを揺らすことなくいられた…」という言葉が、本書を通して、著者の内面に触れることができる印象的なフレーズでした。

 

これから創業しようという方、特に飲食店を始めようとする方には、ぜひお薦めの一冊です。

ちなみに、HPでは黒字で回っている証拠(?)として、月次決算報告が掲載されています。さらに事業計画書もアップされています。

興味のある方は、こちら「未来食堂」HPへ